Nico 心の天気 小学3年生から不登校

小中と不登校のNicoが通信制高校に入学するも退学。

子供に大好きと思われる父親 ~ 小学生 不登校 ~

 

今日は、朝からずっと雨でしたね。

 

Nico(5年)は、昨日の疲れで、朝からご機嫌斜めでした。

昨日は、途中で夜ご飯を食べたりと休憩はありましたが、6時間に及ぶ釣りで「腕が痛い」とNicoは大騒ぎ。

腕が折れてるぐらいの騒ぎっぷりでした・・・。

 

 

子供に大好きと思われる父親

 今日は、子供から大好きと思ってもらえる、言ってもらえる父親について考えてみようと思います。

 

Nicomamaの父

 小さいころから社会人になるまでの私の父に対する思いは、堅苦しく苦手な存在で、思春期のころは、嫌いでした。私が独り立ちしてからは、苦手、嫌いという感情は消え、尊敬に変わりました。

そして、今は、尊敬はなくなり、感謝の気持ちと父が若干かわいく思えて、好きです。

 

私が中学、高校のころ、同級生の友達に「父親のことを好き」と公言している子がいて、不思議に思ってました。

「父親を好きってなんで?信じられない。変じゃない?」と思っていました。

私は、友達が父親を好きな意味がわかりませんでした。

 

今の私には、「パパが大好き」という子が理解できます。

それは、我が家の子供たちが、パパが大好きだからです。

 

Nico(小5)、Free(小1)もパパが大好き

 

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↑  パパが寝転ぶと、いつも争って上に乗ります。

 

Freeのパパ好き度

 

Freeは、パパが大好きです。

それは、こっちが恥ずかしくなる、呆れるほどです。

 

Freeは、何をしていても、パパが帰宅した車の音が聞こえたら、玄関までお迎えに行き、抱きつきます。

自分が嫌いな食べ物も「パパがおいしい」と言えば、「おいしい」に変わります。

私に甘えてくっついている時に、パパの足音が聞こえると、私を投げ飛ばして、パパの方に駆け寄り言い訳をします。

Free 「ママがくっついてきたんだよ。」

Nicomama 「・・・。」

浮気現場の言い訳みたいですね。

 

Nicoのパパ好き度

 

Nicoは、Freeほど熱烈ではありませんが、パパが大好きです。

 

Nico 

「パパ、肩もんで。」

「パパ、マッサージして。」

「パパ、くっついて。」

と言いながら、パパの側にくっついていきます。

女の子ですね。

 

Nicoの同級生の女の子に

「Nicoちゃんは、パパ嫌いと違うんやろ?なんでなん?」

とNicoは聞かれていました。

 

その問いにNicoは、理解出来なかったようです。

Nico「なんで?○○ちゃんはパパが嫌いなの?」と逆に不思議そうに聞いてました。

お互いが不思議そうにしていました。

 

我が家は、幸せなことに二人ともパパが大好きです。

 

我が家のパパが二人に好かれる理由

 

 

子供とコミュニケーションをとり、子供が満足するまで一緒に遊ぶ

 

我が家のパパが好かれる理由は、これ↑ だと思います。

 

Nicopapaは、常識とは少しずれている、自由な人なので、参考にはならないかもですがご紹介します。

 

普通、遊んでいる途中でも、ご飯の時間になったり、辺りが暗くなったら、遊びの切りをつける方向にむかいますよね?

 

Nicopapaは、違います。

 

子供自身が帰ると言い出すまで、一緒に遊び続けます。

パパからは、用事がない限り終わりを告げません。

子供が自分からお腹すいた、帰りたいと言うまで遊びます。

 

子供は、楽しいことをしてると、空腹を感じないみたいで、我が家の週末はお昼抜きになることが多いです。

 

Nicopapaは、「一食ぐらい抜いても死なない。」という極端な考えです。

 

我が家は、遊びすぎだと思います。

そこまで遊ばなくてもと思いますが、子供目線で考えて、子供が満足するまで遊ぶ事が「パパ好きな子を作る」には大事なのかもです。

 

 

私(Nicomama)の父の嫌いだったとこ

 

父には申し訳ないのですが、好きなとこよりも嫌いだったとこばかり思い出します。

それほど、ひどい父でもなかったんですよ。

ごめんなさい。

 

・自分の考えをおしつける。

・顔を合わすと苦言を言う。

・威圧的

 

コミュニケーションがとれていない相手に上記の対応をとられたら、どうですか?

嫌いと思われても当然なのかなと思います。


休日の父は、家で本を読んだり、庭の手入れをしたりと、一人で穏やかに過ごしていました。

父は、別に何も悪くないです。

でも、私と父の間にコミュニケーションがとれていたかと問われると???です。

 

旅行、お出かけ先ですが、子供が喜ぶ場所ではなく、大人、主に父が興味のある、喜ぶ場所でした。


仏像が好きな父だったので、京都、奈良への観光、紅葉を見に行ったり、温泉に行ったりです。

小学生の私は、つまらない、旅行に行きたくないと思っていました。

↑  の思いもコミュニケーションがとれていたら、きっとそんな風には思わなかったんじゃないかなとも思います。

 

父の私に対する態度は、私が子供のときから大人までそれほど変わっていないと思います。でも、私の父に対する評価は変わりました。

 

嫌い→尊敬→感謝・好き

 

父は、子供が嫌いではなかったと思いますが、子供とのコミュニケーションのとり方がわからなかったんだと思います。


大人になった私には、父は優しく話しかけ、私の話も聞いてくれます。

私も少しは成長しているので、父から苦言を言われることもなくなりました。


こう書いてみると、苦言がなくなり、威圧的でなくなってますね(^-^)



でも、それもコミュニケーションがとれるようになった変化だと思います。

つまり、私の父は、私に嫌われる必要なんてなかったんだと思うんです。

コミュニケーションが足りなかっただけなんです。


最後に

嫌われる父親も悲しく、居心地が悪いと思いますが、一緒に暮らしていて、苦手、嫌いと思うほうも息苦しいです。

 

お互いが過ごしやすい家になるように、コミュニケーションをとっていくのがいいのかな?と思います。

 


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