Nico 心の天気 不登校から通信制高校へ

小中と不登校のNicoが通信制高校に進学。

不登校の親 本当の私は優しくない(Nicomama)~ 小学生 不登校 ~

こんばんは。

Nicoの今日(7日)の心の天気は「晴れ時々曇り」でした。

 

午前中は、家から車で20分ぐらいのところにある「本屋さん」に行きました。

なんと、Nicoも一緒について来てくれました。

Nico決まり文句の「私はお留守番してるね。」ではなく「私も行こうかな。」でした。

一緒にお出かけ大歓迎です。

 

行こうと思っている本屋さんには、「ミニ四駆」のコースがあります。

「ミニ四駆」私たち親世代に流行りましたよね?

やってましたか?

 

ミニ四駆は、自分の物を持ち込みます。コースは無料です。

 

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↑     手前がFreeのミニ四駆、奥がパパのミニ四駆です。

 

Nicopapaは、子供のころミニ四駆に没頭していたそうで、大人になった今も子供と一緒に出来て楽しそうです。

 

二人で本屋さんに自分のミニ四駆を持ち込んで走らせては、その本屋さんで改造部品を買って、仲良く二人で組み替えをしていますよ。

まさに、本屋さんの策略にNico家は、はまってますね。

 

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↑  本屋さんにある無料のコースです。

 

我が家の子たちは、テレビゲームもしますが、やっぱり喜ぶのは、釣り、ミニ四駆、ボードゲーム、卓球です。

 

まだまだ、親と一緒に遊びたいみたいです。

私も、きっとパパも、まだまだ、子供と遊びたいから嬉しいです。

 

昼からは、Free、Nico、パパの3人で釣りです。

3時から5時半まで釣りをし、家に帰ってご飯を食べ、また、夜釣りに出かけました。

どんだけ、遊ぶんでしょうね。

遊びすぎですね。

明日のNicoの心が心配です(>_<)

 

不登校の親 本当の私は優しくないです。(Nicomama)

 

 普通に学校に通っていたと時のNicoの母、不登校Nicoの母になって変わったことがあります。

 

それは、Nicoが不登校になって私自身は褒められることが増えたです。

 

でも、私は、なんだか腑に落ちません。

すっきりしないんです。

 

1年半ぐらい?前の話です。

心の病院で、Nicoが採血を嫌がり、泣いていて、なかなか採血が出来なかった時の話です。

私は、Nicoを出来る限り優しくなだめながら、側に寄り添っていました。

その様子を見ていた受付の方が、帰り際に私に声をかけてくださったんです。

受付の方 「Nicoちゃんのお母さんは優しいですね。そんなお母さんと一緒でNicoちゃんも幸せですね。」

Nicomama 「優しくなんかないですよ😄Nicoに早くしなさい。迷惑になるでしょ?って追及しても、上手くいかないことを知っている。逆に、パニックになって時間がかかると知っているから、寄り添って待っているだけですよ。」

と褒められたことに居心地が悪く感じた私は答えました。

笑顔で冗談っぽく答えましたが、これは私の本心でした。

 

Nicoへの対応を学習した私の対応なんです。

心から自然に出来る人とは違うんです。 

 

私は、Nicoへの対応、上手くいくように対策を考えたりすることで褒められることがあります。

でも、私の本心は「そうしないと上手くいかないの・・・。」なんです。

 

もっと、素直に受け取れたらいいのにと思います。

きっと、まだ、心からNicoを受け入れることが出来ていないからなのかな?と思います。

どこかにNicoに合わせて動いている私がいるからだと思います。

 

今年は、人からの温かい言葉、賛辞を素直に受けとめられるようになりたいです。

 少しずつですが、Nicoが不登校になった初期よりは、素直に受け止められるようにはなってきています(^-^)

 

褒めていただいた方、素直に受け止めてなくてごめんなさい。

 

年末に実家(私の)に帰省した時、母から言われたこと

私の実家は、車で30分と近くです。

Nicoのことも理解してくれ、よく助けてもらっています。

その母から、思いがけないことを言われました。

 

母  「自分(Nicomama)のこともろくに出来なかったのに、Nicoのことようやってるなと感心してるよ。私もあなたを育てるのに苦労したし、付けが回ってきたと思ってがんばりなさいヽ(^o^)丿」

 

この言葉は、褒められてるのか?けなされてるのか?微妙ですが、私はすっきりしました。

これが、私の力量なんです。

褒められたと思って頑張ります。

 

「私を育てるのに苦労した、付けが回ってきたと思って」のフレーズですが、私は不登校だった訳でも、非行に走っていた訳でもありませんでした。

 

でも、親の言うことを素直に聞くタイプでもありませんでした。

 

私の考え・思いと、母の考え、思いは違っていたんだと思います。

子供の私のすることは、母からしたら、間違えてることも、おかしいことも、無駄なこともあったと思います。

でも、母は自分の考えには蓋をして(←苦しいですね。)、私の考え、思いに寄り添って見守ってくれていたんだと思います。

私は自由でした。

何をするにも、ほぼ口出しをされたことはありません。

 

母に見守られていたんですね。

 

私も母のようにNicoの考え・思いに寄り添っていきたいです。

 

 

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